2010-02-03

立春

おひさしぶりです。まだまだ寒い日が続きますね~
今日は節分でしたね昼間に豆を用意しました。
いくつ食べるかはナイショですが…
さっき撒きました、ちょっと小声で「福は~内!」と言いながら。


節分はじつは今日になってから思い出して、実はおととい飾った雛人形のことで頭がいっぱいでした
ひな壇を出すのがとても大変なので、お内裏様だけを出すことはあっても、
全てを飾ったのは約20年ぶりでした(ちょっと写真が大きくなってしまいました)。
さすがに傷んでいないか心配だったけど、大丈夫だったのでホッとしたのもつかの間、
ひな壇の組み立てに難儀して、私が幼少の頃は毎年こんな大変な思いをして飾ってもらっていたんですね…昔のアルバムを引っ張り出してきて写真をみながら並べましたが、
そうしているうちに色々思い出しました。


五人囃子の演奏で踊る白拍子が好きだったこと、
自分も一緒にひな壇に座ると言ってきかなかったこと。
五人囃子の持つ小さな小さな楽器が可愛くて触りまくっていたら太鼓を壊してしまって
ボール紙と色紙で太鼓を作ってあげたこと(そのまま今も人形の手に残っていた)。
私が5歳の時に保育園のひな祭りで工作した、牛乳瓶と千代紙で作ったおひな様が
(これも今も雛人形の箱に一緒に入って残っていました: 写真下)、
同級生に顔が可愛くない!と言われたこと


今ではコンパクトなお雛様が人気だと思うのですが(自分でも買うならきっと小さいのかな)、
それにしてもこんなにたくさんのお人形を飾る節句(お祭り)って日本にしか無いのでは…?
平安時代のお嫁入りを人形で細部まで表現すること自体よくやるなぁ…と思うのですが
もともと最初は厄払いや無病息災を願いシンプルな紙人形を川へ流す行事だったんですね。
地方によっても内容や人形の種類は様々のようですが、ルーツや歴史を今更ながら知りました。
簡単な紹介とかはこんなところかな… 人形店や地方それぞれのサイトがたくさんでした。
http://www.kougetsu.co.jp/hinamatsuri/iware.html

今は平安時代のお嫁入りの流れを本で読んで知っているので、人形1体1体の役目がわかって
飾ること自体が面白かったです。きっと飾る位置にも意味や地方、時代の違いがあるんですよね。
私の雛人形はそんなにスゴい物ではないと思うのですが、それでも1体1体(着物やお道具も)を見ているとその表情や作りの細やかさに見れば見るほど感心してしまいます。
着物の色や刺繍、お道具の細部に至るまで季節や幸せを願う気持ちや意味が込められている…
ヨーロッパのビスクドールやからくり人形もすごいですし、土偶や仏像のように作りが簡単でも意味の深いものも色々ありますが、日本人形の作りの技や込められた意味・願いというのはなんと奥深いものでしょう。
子どもの健康を願ったお守りの役割りにしてはなんと細かくてかつ大きいんでしょうね…
人形の扱いはとても難しいですが、すごい文化だな…とつくづく思いながら飾り、昔の人の幸せを願う真剣さも想いつつ春を待つ気持ちというのは(こよみではもう4日が立春ですが)こうやって楽しむんだな~と幸せな気分でした。


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メモ・・・夜更かしはイケないんですけど、最近NHKでやっていた小津安二郎監督作品(「晩春」とか「麦秋」)と、佐野元春が母校の立教大学で作詞家をゲストに招いてやっている講義「THE SONGWIGHTERS」の再放送が面白くて見ていました。ザ・ソングライターズは夏に新シリーズもやるんですね。。。

先日散歩をしていて、近所で黄色い梅の花が綺麗に咲いているのを見ました、とってもイイ匂い!
思わず手折りたくなるも我慢我慢…
でも実はこれは黄梅でもなく梅の仲間ではない蝋梅(ロウバイ)というそうです。
この花が終わると、次が本当に梅の季節のようです。
今日はたくさん雪が降ります
雪をかぶった梅が健気に咲こうとしているのを見かけるのも好きです。

プロフィール

水林 史

  • Author:水林 史
  • 富山県、上市町 出身。
    戦前から続く富山の薬売りと東京で銭湯を営んでいる一族のもとに生まれ育つ。
    大学時代より東京〜横浜などでスウィングジャズと日本語ジャズを中心にライブ活動を開始(1999年〜)。

    作詞作曲に目覚め、初主催ユニット「ギヤマン」を結成(2001年~2002年)、明治大正時代の文化や竹久夢二の描く夢二式美人に憧れがあったことから「黒船レディ」と名乗り始める。古き良き時代の洋楽を自作の日本語詞でも歌う。

    2003年ジプシースィングギタリストのキヨシ小林氏の1stアルバム「Django Swing」にボーカルで参加、「上海」「胸の振り子」などのカヴァーで注目される。
    同年、自身が主宰のバンド「黒船レディ と 銀星楽団」を、ピアニストの廣田ゆり氏、ギタリストの塩川俊彦氏と共に結成。
     
    軽やかでほのぼの、ちょっぴり切なくスウィンギーでハッピーな気分にさせる歌が得意。
    スウィングジャズやラテンのリズムをベースに、ユニークな世界観をもり込んだオリジナル曲から、古いジャズソングに自身が日本語で作詞したもの、日本やハワイの古き良き時代の流行歌のカバーなど、日本語で歌うことにもこだわっている。


    「黒船レディと銀星楽団」ではライブハウスの他にホテルやBAR、横浜港の船上、人形劇場から神保町の古本屋まで様々な場所で演奏。3枚のアルバムとライブDVDを発表、TV番組挿入曲や海外のCMにも起用される。
    2009年末で「黒船レディと銀星楽団」及びバンド活動休止。

    育児休暇を経て、2011年〜2017年までアコースティックユニット「girafe」にボーカルで参加、アルバム「春のスケッチ」を発表。

    2012年〜活動拠点を出身の富山県に移し、ゆっくりソロ活動も開始。県内外のミュージシャンと共にライブハウスやカフェ、古本屋、保育園などで演奏、おとなとこどもで楽しめる企画「HOWA-HOWA-HOUR」も誕生。
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