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2011-03-27

春の味

昨日、実家の裏の土手で、目が覚めるような黄緑色の群れを見つけた


蕗のとう だ。


まだ辺りは緑はあまり無く、枯れ草が殆どの土手で鮮やかに目立っていた。
まだ顔を出してそんなに経ってない、可愛らしい背丈。
これを見られる頃に実家に帰っているのは久しぶり…
柔らかい感触にちょっとドキドキ、触るのはひょっとしたら小学校以来かも…


ほんの少し分けていただいて、母が蕗味噌と天ぷらを作ってくれた。
以前は祖母の味だったけど今は母の味。
子どもの頃は摘むだけ摘んできても苦くて食べなかった。


こんなに美味しかったんだ…
静かな感動だった。


春がきた。


でも今日、雪が振った。
なごり雪は、横殴りの吹雪になった。


蕗のとうは雪の間から顔をのぞかせる。
冬の間に土手が焚き火で焼かれてしまっても、大雨の洪水で土砂をかぶっても毎年必ず出てくる。


命の息吹きは、すごいなぁ…

2011-03-22

03/21のツイートまとめ

kurofunelady

mixiが見れなひ…睡眠時間ずっと削れてたから、今日はちょっとお休みして、テレビドラマを見ていた。中国残留孤児の真面目でいい内容だった。きれいな北京語が懐かしかった。
03-21 00:30

2011-03-21

03/20のツイートまとめ

kurofunelady

夜中に窓の外から小鳥がさえずる声が聞こえる…と思ったら、娘の鼻息だった(寝息ともいう)。
03-20 00:57

田舎ではこの時期とても天気がいいとカメムシが冬眠から覚めてよく出てくる。さっき、どこからともなく現れたカメムシにうっかり触ってしまったようで独特の匂いが…でも、うっすらした程度のその匂いは、お日様に干した布団の匂いとちょっと似ていると思った。
03-20 00:55

今夜、日本中のみんなが同じ月を見ている。富山は曇り空だけど、雲の切れ間から美しい満月が見えた。よかった…日本中のみんなと空でつながっている…
03-20 00:51

ど田舎の静かな実家にいても揺れてるように感じてしまう…被災地にいるわけじゃないのに地震酔いしているのだろうか…余震に慣れちゃダメですよ~まだ非常用荷物も解いちゃダメ~
03-20 00:06

2011-03-20

19日の私の変化

今 富山にいます…


今日は、さっき自分でつぶやいたことをちょっと振り返って、自分の1日の変化を見直したくてここにも書きます。

さっき:の私 と、今:の私。



さっき:今日に乗る前の上野駅のトイレで、手を乾かすエアータオルに張り紙がしてあり「節電のため使用出来ません」とあった。
が、ふと足元を見たらコンセントが抜いてない… …引っこ抜いてきた…

今:ちょっと節電頑張りすぎて家でコンセント睨んでばかりいたからか、無意識の行動で後からハッとする。


さっき:西側(私の実家は富山県)は田舎でも街が明るく感じられた…
実家にも待機電力がたくさん使われていて東側との温度差を感じます。 電力もっと東に分けてやれ~!

今:西と東では要求されていることが違うから当たり前なんだよな…
両親は募金などして両親なりに精一杯応援している。


さっき:富山の西松屋に行ったらオムツもおしり拭きもぎっしり沢山…
東京の自宅付近はスカスカなのに。被災地に分けてあげてーっ!!
ニュースで1週間ぶりにお風呂に入った赤ちゃんが映っていた

今:これもそう、西と東の違い。
物流センターが被災している被災していないの違い。
西側はいたっていつも通り普通なだけ。
余らかして知らん顔してる訳じゃない。



さっき:ど田舎の静かな実家にいても揺れてるように感じてしまう…
被災地にいるわけじゃないのに地震酔いしているのだろうか…

今:やっとこちらの静けさに慣れた…


さっき:余震に慣れちゃダメですよ~ まだ非常用荷物も解いちゃダメ~
今:東側があんまり不安で足りなくなるものだから、西側も心配で買って東側の人に送ったりするから、西側でも欠品しかけたりしている…


さっき:でも、富山のみんなニュースをずっと見てるしどこでも募金してる…両親もたくさん募金していた。
募金は今すぐ直ちには被災者の手に届かないが…
富山も被災者受け入れの空家、アパートなど300件弱まで用意をしている。

今:子ども(とその母親)をとりあえず田舎にしばらく帰らせる人がいっぱいだ
と、今日夕飯を食べたお店のおばあちゃんが言っていた。
私も避難してきたのだなぁ…


さっき:今夜、日本中のみんなが同じ月を見ている。
富山は曇り空だけど、雲の切れ間から美しい満月が見えた。
よかった… 日本中のみんなと空でつながっている…

今:やっとホッとしたのかも。


さっき:田舎ではこの時期とても天気がいいとカメムシが冬眠から覚めてよく出てくる。
さっき、どこからともなく現れたカメムシにうっかり触ってしまったようで独特の匂いが…
でも、うっすらした程度のその匂いは、お日様に干した布団の匂いとちょっと似ていると思った。

今:いつもの調子が戻ってきた…


さっき:夜中に窓の外から小鳥がさえずる声が聞こえる… と思ったら、
娘の鼻息だった(寝息ともいう)。

今:さっきは本当に小鳥だと思ったの…!

2011-03-20

03/19のツイートまとめ

kurofunelady

今日?に乗る前の上野?駅のトイレで、手を乾かすエアータオルに張り紙がしてあり「節電のため使用出来ません」とあった。が、ふと足元を見たらコンセントが抜いてない… …引っこ抜いてきた…
03-19 23:59

でも、富山のみんなニュースをずっと見てるしどこでも募金してる。両親もたくさん募金していた。富山も被災者受け入れの空家、アパートなど300件弱まで用意ができているそうだ…
03-19 23:56

富山の西松屋に行ったらオムツもおしり拭きもぎっしり沢山…東京の自宅付近はスカスカなのに。被災地に分けてあげてーっ!!ニュースで1週間ぶりにお風呂に入った赤ちゃんが映っていた?
03-19 23:55

西側(私の実家は富山県)は田舎でも街が明るく感じられた…実家にも待機電力がたくさん使われていて東側との温度差を感じます。電力もっと東に分けてやれ~!
03-19 23:54

みなさん余震大丈夫でしたかっっ!?(>_<)お怪我ありませんように…
03-19 19:03

@maekatameiko メモるヒマがなく出てきてしまったけど、緊急に連絡しなきゃならない人の名刺を財布に入れてきた!コートのポッケの方がいいかな…?地震のあった新潟県十日町を通過…なう。
03-19 15:51

これから祖母の四十九日で田舎へ帰ってきます、上野へ向かう山手線…なう。中吊り広告がとても少ない、2つ並んでいるモニターも片方はお休み中…
03-19 12:03

2011-03-19

03/18のツイートまとめ

kurofunelady

起きてしまった娘を再びやっと寝かせた…な、なう。今夜は余震なきゃいいな~mixi混んでてアクセスできない…
03-18 21:35

個人からも救援物資が送れます!http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2011/03/20l3hd00.htm
03-18 01:21

ありゃりゃ、誤字! 避難のための小さな心がけ…今日はかなり早く娘を寝かせて消灯。
03-18 00:03

2011-03-18

この一週間で出来たこと…

まだ余震は毎日ありますが、震災が起きて1週間が過ぎました…


翌日はさすがに心身ともにショックが大きく外にも出られませんでしたが、
その後はいつもと変わらぬ毎日を送っている…はず。


でも家にいる時間が多いので、娘のために日頃は全くつけないテレビをさすがに見ずにはおれなくなりましたが、あまりの酷さに呆然としてしまい、かなり長い時間育児の手が止まっていた気がします…。


私は現在、基本的にはまだ育児に専念していて、音楽活動は先月再開しましたがまだバリバリやることは出来ません。


昨日おとといがあまりに寒くて、先月久しぶりに歌った時を思い出しました。


雪であまりに寒すぎて、歌う直前に食べてはならないチョコレートをついうっかり食べてしまい、結果喉がかなり締まって大変な歌いにくさに後悔しつつも、
ライブで歌うことは渇ききった喉に水を含んだ瞬間のようなみずみずしさでした…


という、ついこないだの感動が、今はずいぶん前の出来事に思われてしまう今日です。


震災が起きて一週間が経過したのに、事態はますます緊迫してきています…


テレビやラジオ、ネットでの情報収集を無意識に頑張りすぎてずっと寝不足、娘への日々の大切な時間がちょっと削れてしまったり、~ながら育児になってしまう時があって申し訳ないと反省しつつ、私に出来る事や今取るべき行動についてずっと考えてばかりでした。


ずっと考えていると、時々呼吸が止まっていたり、自分の鼓動が余震に思われたり…心身ともにちょっと麻痺気味だとハッとしてしまいます。


被災された方々をはじめや救助や原発の現場で頑張っていらっしゃる方々には到底比べものにもなりませんが、やはりみんな心の被災は誰しも大きいと思います。

この一週間、自分に出来たのは、やっとのいつもの生活、節電、募金だけでした。


でも本当は…音楽活動で何か出来たら…と思っているのですが、まだ余震も予断を許さないレベルなのでお客さんの安全を考えたらライブも出来ません…


被災地は報道で知るより現実はもっともっと酷いのに、
自分たちの身を守ることに精一杯で、何かしたくても出来なくて辛いです。
ラジオやつぶやきを見ていても同じように思っている人がたくさん…


そんな時、被災地で家族と共にずっと余震に耐え、頑張っている友人から「やっと電気と電波が復旧したよ…!元気だよ。」と突然電話がかかってきました。


でも、とても疲れた声…


友人のいる場所は茨城県。
東北より被害が凄まじくないまでも、街はめちゃくちゃで被災の酷さは比べられるものじゃないのに、茨城の情報はなかなか得られない。
救助の手が届いてない所も多いそう。
ラジオからも悲痛な声が聞こえている…


私は…友人の声を うん…うん…頑張ったね…と聞いてあげることしか出来なく、長電話も控えなければならない為にもうそろそろ切らなければならない…


私は慌てて、「直接何もしてあげられないから…歌っていい?」と、とっさに浮かんだ「朧月夜」の1番だけを電話口で歌った…。


娘は膝の上で私が電話に向かって歌っているのを不思議そうに見上げている。


友達の声が少しだけ柔らかくなったような気もしたけど、間もなく電話を切った。


友達も幼い子どもがいて、家族の前ではきっと弱音など言っていられないんだと思う。
その疲れた心と体を、少しでもほぐしてあげたかった…


毎日の節電や無駄な連絡を控えれば、こうやって親しい者や家族の声が少しでも届くんだ…と実感した。


逆に友人の声が聞けて自分の気持ちの方が救われたのかも知れない。
友人は東京より余震が酷い中まだまだ頑張らねばならない…


やっと今日から、もっと動こう…と思え、実行に移せた。
敬遠していたツイッターをはじめ…、
ラジオで今日から「個人からの救助物資も受け付けるコーナーを都庁に設置」と聞いて、
震災前にポイントで買い溜めしてしまってあったオムツと、おしり拭き、熱冷まシート、生理用品などを送ることが出来た。


今は自分たちの身もしっかりと守りつつ、静かに、でも協力しましょう…。



東京都在住の個人も救援物資が送れます …!
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2011/03/20l3hd00.htm

2011-03-18

03/17のツイートまとめ

kurofunelady

初めて公式ツイート。11日からお風呂以外はずっと靴下はいてる。省エネといつでも非難するため。
03-17 23:50

2011-03-12

眠れないので地震日記

みんなの無事が以前心配だし、東北方面の壊滅的な状況には胸が苦しく眠れないので、ラジオを聞きながら今日のことを日記に書いて少し気を紛らわせよう…


今日はたまたま相方くんがお休みだったので、娘を連れて新宿に買い物に来ていました。
買い物を終え、娘もベビーカーでお昼寝しているし、相方くんは仕事場にちょっと用事がある為いったん別れる前に一服…と、15時頃カフェでお茶をしていたら…


気持ち悪い揺れが…
靖国通り沿いにいたので大きな車が通って揺れてるのかな?
と何気なく窓の外を眺めたら信号が揺れ出し、久しぶりにちょっと地震が来た…
と思った途端に大きな揺れに。


ベビーカーを抱えて混雑したカフェから飛び出しました。
ガラスとか看板とか何か落ちて来ないか上を見上げたら、
今いたビルがぐんぐん揺れていて非常ベルの音などが鳴り響いていました。


気持ちが悪くなり、恐怖と揺れで吐き気がするような感じでした…


あちこちからラジオやテレビのニュースの音が飛び込んできて
震度や震源地を知り、とにかくすぐ目の前の駅に向かってみましたがもちろん電車は止まっています。
更に揺れは続いて不安なまま、電車が動くまでしばらくは安全そうな場所にいよう…
とコンビニで水やおにぎりや傘を買いつつ(すでに長蛇の列)実家の家族に無事をメール。
相方くんのドコモは混線で全く繋がらず、私のauは何とか無事送受信できたけど…

駅からも出されてしまい、娘もようやく目をさましたけれど、だんだん陽がかたむき風も冷たくかなり寒くなってきて、
あちこちと歩きながら安全で雨風がしのげそうな場所を探して
公共の建物に入って待つことにしました。


既にたくさんの人がいて、何とかトイレも借りれて少し落ち着けて
隣りにいた1歳の双子ちゃんと3歳のお姉ちゃんを連れたお父さんと少し話す…
3人ともお利口さんで、仕事から帰ってくるママとの合流を待っているそう。

特にお姉ちゃんはうちの娘とオモチャで遊んでくれて、みんなグズりもせず持っていたおやつを食べながら不安な数時間をやり過ごしました。


まだ電車は動いていません…
すっかり陽も暮れて、さすがにお腹が空いてきた子どもたちが落ち着いていられなくなってきて、
3人姉妹のママもやっと合流できたところで、とにかく何か食べさせなくちゃ…と、それぞれその場を離れました。


外は相変わらず大混雑…
閉めてしまっている店も多いし、やっていてもすごく混んでる。
ちょっと並んで何とか夕飯を食べしばらく暖をとりつつも、オムツが無くなってしまってやむなく外へ。


電車が未だ動いていないので、どこかでオムツを買ってどこかホテルに泊まるしかないか…と思ったけどどこも満室でロビーにも毛布を借りて座り込んだ人で溢れている。
喫茶店やカラオケも。


夜8時…どんどん風が強く吹きつけてきて凍える寒さになってきた。
雨が降っていなかったのは本当に幸い。
でもこのままでは娘も凍えてしまう…
凍える夜に小さな子どもを連れて何時間もうちまでの道のりはとても歩けないし…


通りはどこも大混乱してベビーカーも押しつぶされかねないので、
グズり出した娘を抱っこヒモでしっかり抱きしめ、臨時バスやタクシー乗り場には行かずに、
タクシーの空車は流れて来ないのは承知で大通りの途中、大渋滞でゆっくりしか動けないのを幸いと道路の中まで出てタクシーに相乗りさせてもらえないか聞いて回った。


行き先を聞いて方向が全く違うからと数台断られたけど、
「渋滞しててもいいならどうぞ!」と言って乗せてもらうことが出来た。

子連れで寒い中歩き回って大変だったでしょう…
運転手さんと乗せてくれた40代の男性が優しく声をかけてくださった。
赤坂から歩いて新宿まで来たけど足も痛くなってしまってやっとタクシーをつかまえたのだそう。新宿はどの道も大混雑で、車も歩く人も溢れてなかなか動かない。


それでも暖かくてありがたくて涙が出そうでした
グズっていた娘もしばらくしたらスヤスヤと眠りだしました。


新宿を抜け出すのに1時間弱…でもまだまだ続く大渋滞を、運転手さんとその男性は本当によく裏道をご存知でみるみる進んで行き、自宅近くまで約2時間で着くことが出来ました。


車中たまっていたメールがどっと入ってきたり、電話がかかってきたりとにかくお互いに会話は少なめだったけど、
少し話したその男性も、息子さんが学校から帰れずまだ奥さんも息子さんに会えていなくて、心配で胸中穏やかじゃないはずなのに、
明日はきっと魚がスーパーに届かないね…とか、娘さん寝てくれて良かったね…とか落ち着いて話しかけてくださって、外にはたくさん人が歩いているのを見て申し訳ないと思いながら、私たちは本当にありがたくて一言一言をかみしめるばかりでした。


荷物も多く、お金を払ってやっと降り…とにかくお礼を何度となく言っているうちに男性のケータイが鳴り、それじゃ!という顔で直ぐにタクシーを発進させてあっという間に行ってしまいました。


家は少し物が落ちたりしているだけで無事でした。
ガスも電気も止まっておらず…
娘をそのまま寝かせることが出来ました。


帰ってからも緊張で気分が優れず、そのままうずくまってしまいました。

余震はまだ続いています。


日付が変わろうとしている頃ようやく少し連絡もとれ、ブログを書いたり出来ました。


ネットで被害状況やまだまだ続く都心の大混乱を知り、こんなに早く家に帰ってこれたのは本当に幸運だったんだなぁ…と改めて思いました。


相乗りさせてくださった男性に、せめて名前か名刺をいただいておけば良かったのにね…
と相方くんと話していると、また余震…


このご恩はこの大地震で困っている人たちに何かで返せたらと思います。

まだまだ続く余震で眠れませんが
とにかく少しでも多くの命が助かりますように今は願うばかりです。


書いている間に今度は中越地方でも大きな地震…!


どうかどうかみなさんご無事ですように…

2011-03-11

地震

友人のみなさんへ

メールなどでは連絡が取りにくいので、取り急ぎここに書きます。

私と家族は無事でした。
地震発生時は新宿にいましたが、今なんとか自宅に帰り着きました。

たくさんの人の無事か心配です…

プロフィール

水林 史

  • Author:水林 史
  • 富山県、上市町 出身。
    戦前から続く富山の薬売りと東京で銭湯を営んでいる一族のもとに生まれ育つ。
    大学時代より東京〜横浜などでスウィングジャズと日本語ジャズを中心にライブ活動を開始(1999年〜)。

    作詞作曲に目覚め、初主催ユニット「ギヤマン」を結成(2001年~2002年)、明治大正時代の文化や竹久夢二の描く夢二式美人に憧れがあったことから「黒船レディ」と名乗り始める。古き良き時代の洋楽を自作の日本語詞でも歌う。

    2003年ジプシースィングギタリストのキヨシ小林氏の1stアルバム「Django Swing」にボーカルで参加、「上海」「胸の振り子」などのカヴァーで注目される。
    同年、自身が主宰のバンド「黒船レディ と 銀星楽団」を、ピアニストの廣田ゆり氏、ギタリストの塩川俊彦氏と共に結成。
     
    軽やかでほのぼの、ちょっぴり切なくスウィンギーでハッピーな気分にさせる歌が得意。
    スウィングジャズやラテンのリズムをベースに、ユニークな世界観をもり込んだオリジナル曲から、古いジャズソングに自身が日本語で作詞したもの、日本やハワイの古き良き時代の流行歌のカバーなど、日本語で歌うことにもこだわっている。


    「黒船レディと銀星楽団」ではライブハウスの他にホテルやBAR、横浜港の船上、人形劇場から神保町の古本屋まで様々な場所で演奏。3枚のアルバムとライブDVDを発表、TV番組挿入曲や海外のCMにも起用される。
    2009年末で「黒船レディと銀星楽団」及びバンド活動休止。

    育児休暇を経て、2011年〜2017年までアコースティックユニット「girafe」にボーカルで参加、アルバム「春のスケッチ」を発表。

    2012年〜活動拠点を出身の富山県に移し、ゆっくりソロ活動も開始。県内外のミュージシャンと共にライブハウスやカフェ、古本屋、保育園などで演奏、おとなとこどもで楽しめる企画「HOWA-HOWA-HOUR」も誕生。
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