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2011-03-18

この一週間で出来たこと…

まだ余震は毎日ありますが、震災が起きて1週間が過ぎました…


翌日はさすがに心身ともにショックが大きく外にも出られませんでしたが、
その後はいつもと変わらぬ毎日を送っている…はず。


でも家にいる時間が多いので、娘のために日頃は全くつけないテレビをさすがに見ずにはおれなくなりましたが、あまりの酷さに呆然としてしまい、かなり長い時間育児の手が止まっていた気がします…。


私は現在、基本的にはまだ育児に専念していて、音楽活動は先月再開しましたがまだバリバリやることは出来ません。


昨日おとといがあまりに寒くて、先月久しぶりに歌った時を思い出しました。


雪であまりに寒すぎて、歌う直前に食べてはならないチョコレートをついうっかり食べてしまい、結果喉がかなり締まって大変な歌いにくさに後悔しつつも、
ライブで歌うことは渇ききった喉に水を含んだ瞬間のようなみずみずしさでした…


という、ついこないだの感動が、今はずいぶん前の出来事に思われてしまう今日です。


震災が起きて一週間が経過したのに、事態はますます緊迫してきています…


テレビやラジオ、ネットでの情報収集を無意識に頑張りすぎてずっと寝不足、娘への日々の大切な時間がちょっと削れてしまったり、~ながら育児になってしまう時があって申し訳ないと反省しつつ、私に出来る事や今取るべき行動についてずっと考えてばかりでした。


ずっと考えていると、時々呼吸が止まっていたり、自分の鼓動が余震に思われたり…心身ともにちょっと麻痺気味だとハッとしてしまいます。


被災された方々をはじめや救助や原発の現場で頑張っていらっしゃる方々には到底比べものにもなりませんが、やはりみんな心の被災は誰しも大きいと思います。

この一週間、自分に出来たのは、やっとのいつもの生活、節電、募金だけでした。


でも本当は…音楽活動で何か出来たら…と思っているのですが、まだ余震も予断を許さないレベルなのでお客さんの安全を考えたらライブも出来ません…


被災地は報道で知るより現実はもっともっと酷いのに、
自分たちの身を守ることに精一杯で、何かしたくても出来なくて辛いです。
ラジオやつぶやきを見ていても同じように思っている人がたくさん…


そんな時、被災地で家族と共にずっと余震に耐え、頑張っている友人から「やっと電気と電波が復旧したよ…!元気だよ。」と突然電話がかかってきました。


でも、とても疲れた声…


友人のいる場所は茨城県。
東北より被害が凄まじくないまでも、街はめちゃくちゃで被災の酷さは比べられるものじゃないのに、茨城の情報はなかなか得られない。
救助の手が届いてない所も多いそう。
ラジオからも悲痛な声が聞こえている…


私は…友人の声を うん…うん…頑張ったね…と聞いてあげることしか出来なく、長電話も控えなければならない為にもうそろそろ切らなければならない…


私は慌てて、「直接何もしてあげられないから…歌っていい?」と、とっさに浮かんだ「朧月夜」の1番だけを電話口で歌った…。


娘は膝の上で私が電話に向かって歌っているのを不思議そうに見上げている。


友達の声が少しだけ柔らかくなったような気もしたけど、間もなく電話を切った。


友達も幼い子どもがいて、家族の前ではきっと弱音など言っていられないんだと思う。
その疲れた心と体を、少しでもほぐしてあげたかった…


毎日の節電や無駄な連絡を控えれば、こうやって親しい者や家族の声が少しでも届くんだ…と実感した。


逆に友人の声が聞けて自分の気持ちの方が救われたのかも知れない。
友人は東京より余震が酷い中まだまだ頑張らねばならない…


やっと今日から、もっと動こう…と思え、実行に移せた。
敬遠していたツイッターをはじめ…、
ラジオで今日から「個人からの救助物資も受け付けるコーナーを都庁に設置」と聞いて、
震災前にポイントで買い溜めしてしまってあったオムツと、おしり拭き、熱冷まシート、生理用品などを送ることが出来た。


今は自分たちの身もしっかりと守りつつ、静かに、でも協力しましょう…。



東京都在住の個人も救援物資が送れます …!
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2011/03/20l3hd00.htm
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もちろん、毎日の仕事としてこのような事態の中、頑張って演奏しているミュージシャンに反対しているのではありません…
もちろんお店に対しても。
被災していない者は今までと変わらずにどんどんやる方が経済が倒れない方法だと言っている人もいるし。
個人の考えのもとに、それぞれの協力の仕方があると思います。


早く余震と原発だけでも落ち着いて欲しいね…!

電話口で友達に歌ってあげられるようなやさしい心の
持ち主である史ちゃんを、友人として心から誇りに思
います。だんだんと、みんながそれぞれのペースで、
頑張れるようになってくると思います。自分もそうあり
たいなぁ。

ニャーキャッスルさん
ありがとう
みんな何かしたい気持ちをかかえて辛いよね。
そうたね、出来ることは本当に人それぞれ。
何が正解で何が間違いとかは、ない(もちろんよく調べなくちゃだけど)。

節電と募金(もしくは物資提供)だけでもいいから是非みんなにもやって欲しいよね!

また新たに出来ることを考えています…が、同じことを何回もやるのでもいい!

昨日、駅から歩いて帰るとき、ふと空を見上げたら「おぼろ月」でした。
またつぶやこうかと思ったけど、寒くて手引っ込めちゃった(^^;
レディさんの歌を早く聞きたいけど、
いまは、おチビさんを守ることが優先ですもんね。
阿佐ヶ谷ストリートみたいな感じで、オープンなスペースで出来ればいいのかなぁ。
何かしたいなぁ。

こつこつと

出来ることをていねいにしぶとく続けていきましょう。
史さんの唄を聴ける日を楽しみにお待ちしております。

同じような胸のつかえを抱えているミュージシャンが多いようです。なかなか言えないというふんいきは好ましくないので書きました。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1692016044&owner_id=4204530

moti さん
ありがとうございます
私もそろそろ歌いたくなりました。


ikko さん
道しるべになるような日記をありがとうございます!
自分をよく見つめることができました

Inoさん
私は娘を守ることも、歌うことも、両方したいです!
プロフィール

水林 史

  • Author:水林 史
  • 富山県、上市町 出身。
    戦前から続く富山の薬売りと東京で銭湯を営んでいる一族のもとに生まれ育つ。
    大学時代より東京〜横浜などでスウィングジャズと日本語ジャズを中心にライブ活動を開始(1999年〜)。

    作詞作曲に目覚め、初主催ユニット「ギヤマン」を結成(2001年~2002年)、明治大正時代の文化や竹久夢二の描く夢二式美人に憧れがあったことから「黒船レディ」と名乗り始める。古き良き時代の洋楽を自作の日本語詞でも歌う。

    2003年ジプシースィングギタリストのキヨシ小林氏の1stアルバム「Django Swing」にボーカルで参加、「上海」「胸の振り子」などのカヴァーで注目される。
    同年、自身が主宰のバンド「黒船レディ と 銀星楽団」を、ピアニストの廣田ゆり氏、ギタリストの塩川俊彦氏と共に結成。
     
    軽やかでほのぼの、ちょっぴり切なくスウィンギーでハッピーな気分にさせる歌が得意。
    スウィングジャズやラテンのリズムをベースに、ユニークな世界観をもり込んだオリジナル曲から、古いジャズソングに自身が日本語で作詞したもの、日本やハワイの古き良き時代の流行歌のカバーなど、日本語で歌うことにもこだわっている。


    「黒船レディと銀星楽団」ではライブハウスの他にホテルやBAR、横浜港の船上、人形劇場から神保町の古本屋まで様々な場所で演奏。3枚のアルバムとライブDVDを発表、TV番組挿入曲や海外のCMにも起用される。
    2009年末で「黒船レディと銀星楽団」及びバンド活動休止。

    育児休暇を経て、2011年〜2017年までアコースティックユニット「girafe」にボーカルで参加、アルバム「春のスケッチ」を発表。

    2012年〜活動拠点を出身の富山県に移し、ゆっくりソロ活動も開始。県内外のミュージシャンと共にライブハウスやカフェ、古本屋、保育園などで演奏、おとなとこどもで楽しめる企画「HOWA-HOWA-HOUR」も誕生。
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