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2011-04-06

1年前の祈りと今日の祈り


四十九日のために実家に戻ったはずが、
その直後に水道水の問題が起きてそのまましばらく富山にいることになり…3週間が経った。


すっかり暖かくなって、桜はあとちょっとで咲くみたい。

今日、家の近所にあるお寺へ、娘を連れて行ってきた。
スゴい坂道を上がらねばならないので、ベビーカーではなくおんぶで。


1年とちょっと前、娘が生まれる直前にも大きなお腹を抱えてこの坂道を上がり、
モミの木の並木道である昔から大好きな参道を歩いた。
とても静かな初めての景色に娘はちょっと驚いて黙り込んでしまったので、春の歌を色々歌いながら。
殆ど人気もないので怖かったのかな…


写真(うまくアップ出来なかったかな…)は1年前にも撮ったのと同じ、栂の並木(トガ=モミの木)。
お寺まで200㍍くらい続いている。

モミの木は、成長がとても遅く人口植林に向かないのだが、400年以上前に植えられたのがここまで育ち、今も生きている。
全国でも非常に稀なものらしい。

そして並木道のとなりの広場には、20年以上前に私たちが植えた桜が大きな蕾をつけている。


参道で1人の学生さんとだけすれ違った。

全く知らない人だけど、何故かこんな時はお互いちょっと会釈してすれ違った。


お寺に入っても誰も居なかった。
でも本堂に蝋燭が1本灯っていた、さっきの学生さんかな…
何をお祈りしたのかな…

私は特に信仰はないのだけど、昔からよく遊びに来ていたこの寺へ今も時々顔を出しに行く。
1年前は娘が無事生まれることを祈りに来た。
そして1年経った今日、無事生まれ、1年健やかに育った娘を連れてお礼を言いに来た。


そして、これから先の娘の将来と、東北の人々に…日本に、早く安全と安らぎが戻るよう祈った…

世界の子どもたちに幸せな将来が約束出来るような環境が1日も早く戻って欲しいです…



ここの桜が咲く前に東京に戻る。
今東京は満開を迎えようとしている。


人が植えた木には願いが込められていることが多い。
桜も多分そうなんじゃないかな…
今年は本当にたくさんの想いを吸い込んで咲いているのかな。


帰り道、水仙の群れやタンポポ、すみれ、オオイヌノフグリ、蕗のとうにツクシが…
ポンポン咲きにょきにょき顔を出していた。


春は息吹き。
ふさぎ込んだ人たちの気持ちを、春は温かく開いてくれる。
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上原春男さんも春が運んできたのかな…?

おチビちゃんは、まだ神様に近いところにいるから、仏様とかあちらの方々とご挨拶してたのかもしれませんね。

そっかぁ、被災地に、木、植えたいですね。
まだ復興でそれどころじゃないと思うけど。
記念じゃなくて、追悼と未来の子ども達の安全の気持ちを込めて。

@Ino_strings

雪の烏山行きたかったんだけど、、、

渋谷から1年半。

祈りや語りかけを重ねた「声」で「詩」を聴きたいな。

ワインいただきながら、そんなことを想いました。

栂の参道、はじめて聞きました。

クリスマスに雪が降ったらジンジャーブレッドを飾って

♪サンタが神社にやってきた……りして

Inoさん
本当ですね。被災地に木や花を植えられる日が早く来て欲しい。
絵本の「木を植えた男」や、バーバラ・クーニーの「ルピナスさん」を思い出しました。


ikkoさん
また近々ライブしたいです、その際は是非ともお待ちしています。
が寺にやってきた…いいかも~

参道→神社と、お寺を詠み飛ばしてました。

「お願い。クリスマスなんだから、そんな仏教面しないで」

とかサンタに言われたりして、、、

参道→神社 って思い込んで読んでました。

「お願い。クリスマスなんだから、そんな仏教面しないで」

とか、サンタに言われたりして、、、

送信できてないのかと、、、

しつこかった

ikkoさん

参道なので不謹慎ですが雪の中モミの並木にイルミネーションが着いたら美しいでしょうね…
夏場の夜は怖すぎてもっぱら肝試しスポットでしたが。

東京の桜は綺麗だった?
こんなに大変な事があっても、時は流れていて、
桜が咲いて、家族を失った子供達や子供を失った家族はどういう思いで日々過ごしているのかと思うと、
胸が痛いけど、人は自然と共存していかないといけないから、自然と共に前に進むしかないんだよね。
被災地の方が一日でも早く安心して生活出来る環境が整う事をいつも夫家族共々祈っています。

Re:

まゆこ さん
スペインから故郷を想うのもとてもつらいでしょう…
でも今年も東京の桜は美しかったよ。
東北の桜も今年はいっそうみんなの心を励ましたんじゃないかな。
ほんとうにそのとうりだね、自然の力や営みはこれからも人間が完全に計り知ることは不可能だけど、守り、共にでないと私たちは生きていけないからね。
まゆこさん家族やスペインのみなさんからの応援にも被災地のみなさんや私たちは日々励まされています。
ありがとう!
プロフィール

水林 史

  • Author:水林 史
  • 富山県、上市町 出身。
    戦前から続く富山の薬売りと東京で銭湯を営んでいる一族のもとに生まれ育つ。
    大学時代より東京〜横浜などでスウィングジャズと日本語ジャズを中心にライブ活動を開始(1999年〜)。

    作詞作曲に目覚め、初主催ユニット「ギヤマン」を結成(2001年~2002年)、明治大正時代の文化や竹久夢二の描く夢二式美人に憧れがあったことから「黒船レディ」と名乗り始める。古き良き時代の洋楽を自作の日本語詞でも歌う。

    2003年ジプシースィングギタリストのキヨシ小林氏の1stアルバム「Django Swing」にボーカルで参加、「上海」「胸の振り子」などのカヴァーで注目される。
    同年、自身が主宰のバンド「黒船レディ と 銀星楽団」を、ピアニストの廣田ゆり氏、ギタリストの塩川俊彦氏と共に結成。
     
    軽やかでほのぼの、ちょっぴり切なくスウィンギーでハッピーな気分にさせる歌が得意。
    スウィングジャズやラテンのリズムをベースに、ユニークな世界観をもり込んだオリジナル曲から、古いジャズソングに自身が日本語で作詞したもの、日本やハワイの古き良き時代の流行歌のカバーなど、日本語で歌うことにもこだわっている。


    「黒船レディと銀星楽団」ではライブハウスの他にホテルやBAR、横浜港の船上、人形劇場から神保町の古本屋まで様々な場所で演奏。3枚のアルバムとライブDVDを発表、TV番組挿入曲や海外のCMにも起用される。
    2009年末で「黒船レディと銀星楽団」及びバンド活動休止。

    育児休暇を経て、2011年〜2017年までアコースティックユニット「girafe」にボーカルで参加、アルバム「春のスケッチ」を発表。

    2012年〜活動拠点を出身の富山県に移し、ゆっくりソロ活動も開始。県内外のミュージシャンと共にライブハウスやカフェ、古本屋、保育園などで演奏、おとなとこどもで楽しめる企画「HOWA-HOWA-HOUR」も誕生。
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