2014-04-08

マイ三味線を修理に出す




先日、2月に親子向けライブ「春を待つ音」を開催させていだき、共演もしてくださった濱谷さんの「しゃみせん楽家」にお邪魔して来ました。
富山も今桜が満開ですが、しゃみせん楽家の店内も花で溢れていました。


実は、マイ三味線を修理に出しに来たのでした(ドキドキ)。
大学の時に、三味線が弾いてみたくて、友人と古道具屋で見つけたバラバラの三味線を買って来て組み立てました。
皮をはるのが自分たちでは出来なかったし(猫好きだし涙)、お金もないし、維持の仕方もよくわからなかったので、琵琶を真似て三日月ホールを開けた板を貼り(すごく苦労したし時間かかった)、こまも手作りしてみたのです。
学生時代ってなんてヒマだったのかしら?その時はその時で忙しく頑張って作ったつもりだったけど、今は真似出来ないな(^^;;
でも、結局貼った板が固すぎて?あまり鳴りませんでしたT_T

すごく苦労して作ったので手放せず、ずっとインテリアとして飾っていましたが、富山に戻って、しゃみせん楽家を知り、三味線屋さんでもとても自由な発想で活動していらっしゃるアーティスト濱谷さんに出会って、また三味線を弾いてみたいな...と思いました。
(まだ1度もまともに弾いたことないですけど!)

その、インテリア化してる三味線見せてみて、って言っていただいたので、楽家へ持ってきました。
棹は昔の木(これは紫檀)を使っているから素材は良いそうで、弾けるように修理していただくことになりました。
こんな状態の三味線を見せるのはちょっと恥ずかしかったのですが(^^;; どうせだから面白い三味線に仕上げよう♪と提案いただいて嬉しかったです。


どんな三味線になるのかとても楽しみです♪(^^)




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プロフィール

水林 史

  • Author:水林 史
  • 富山県、上市町 出身。
    戦前から続く富山の薬売りと東京で銭湯を営んでいる一族のもとに生まれ育つ。
    大学時代より東京〜横浜などでスウィングジャズと日本語ジャズを中心にライブ活動を開始(1999年〜)。

    作詞作曲に目覚め、初主催ユニット「ギヤマン」を結成(2001年~2002年)、明治大正時代の文化や竹久夢二の描く夢二式美人に憧れがあったことから「黒船レディ」と名乗り始める。古き良き時代の洋楽を自作の日本語詞でも歌う。

    2003年ジプシースィングギタリストのキヨシ小林氏の1stアルバム「Django Swing」にボーカルで参加、「上海」「胸の振り子」などのカヴァーで注目される。
    同年、自身が主宰のバンド「黒船レディ と 銀星楽団」を、ピアニストの廣田ゆり氏、ギタリストの塩川俊彦氏と共に結成。
     
    軽やかでほのぼの、ちょっぴり切なくスウィンギーでハッピーな気分にさせる歌が得意。
    スウィングジャズやラテンのリズムをベースに、ユニークな世界観をもり込んだオリジナル曲から、古いジャズソングに自身が日本語で作詞したもの、日本やハワイの古き良き時代の流行歌のカバーなど、日本語で歌うことにもこだわっている。


    「黒船レディと銀星楽団」ではライブハウスの他にホテルやBAR、横浜港の船上、人形劇場から神保町の古本屋まで様々な場所で演奏。3枚のアルバムとライブDVDを発表、TV番組挿入曲や海外のCMにも起用される。
    2009年末で「黒船レディと銀星楽団」及びバンド活動休止。

    育児休暇を経て、2011年〜2017年までアコースティックユニット「girafe」にボーカルで参加、アルバム「春のスケッチ」を発表。

    2012年〜活動拠点を出身の富山県に移し、ゆっくりソロ活動も開始。県内外のミュージシャンと共にライブハウスやカフェ、古本屋、保育園などで演奏、おとなとこどもで楽しめる企画「HOWA-HOWA-HOUR」も誕生。
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