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2006-11-28

「ものスゴい銀星楽団」の余韻により…

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ものスゴい銀星楽団による夢のような一夜の余韻で、1日以上目が覚めませんでした。。。

すぐに日記を書けずにごめんなさい!

1年にわたって ゆっくり少しずつ温めてきたものを、
おとといの あの素晴らしい瞬間に、たくさんの人たちと共にやっと完成させることができました。
ほんの初めの一歩なんだけど、長くつらかった時間は、
まるで花火のような瞬く間の夢のようでした。

ご来場くださったみなさん、出演してくれたみんな、本当にありがとうございます…!
来られなかったけど応援してくださった方、今まで制作にたずさわってくださった全ての方にも、
心から感謝いたします。

終わってすぐは、なんだか抜け殻みたいで、1日以上眠って、夢の中で感激して、
ちょっと泣いて目が覚めました。
秋の夜空に輝く本当に素敵な素敵な演奏会でした。
一音一音がキラキラしていました。


実は、頑張ったんだけど、どうしても当日まで気管支炎が治らなくて、
直前のリハーサルも咳が辛くて眉間にシワをよせて歌ってて不安だったんだけど…
本番の会場の空気と、みんなの音はとても温かく気持ちよくて、どんどん声が出てきました。
みんな、ホントにありがとう…!


新しい一歩をふみ出せた銀星楽団を、
これからもどうかヨロシクお願いいたします!!



終わってから、もっとみんなで余韻にひたっていたかったんだけど、、、
身体がかなりまいっていたので、打ち上げも終盤の深夜のことは朦朧としてあんまり覚えていませんが、お店が電車の始発前に閉店になってしまったので、日曜の夜は渋谷といえど他のお店もやってなくて、雨もひどかったし、残った数人で仕方なくカラオケに行ったのですが…
これがなかなか面白かった。

リリー婦人は藤山一郎の「青い山脈」を熱唱し、
私はクイーンの「I was born to love you」を熱唱しました。。。

リリー婦人には、「ライブ本番より声が出てる…!なにそれ~!!」
と言われましたが、大声を出すのは実は簡単なのです。
銀星楽団の曲は、クイーンの曲より歌うのが難しい…  なんてね。
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プロフィール

水林 史

  • Author:水林 史
  • 富山県、上市町 出身。
    戦前から続く富山の薬売りと東京で銭湯を営んでいる一族のもとに生まれ育つ。
    大学時代より東京〜横浜などでスウィングジャズと日本語ジャズを中心にライブ活動を開始(1999年〜)。

    作詞作曲に目覚め、初主催ユニット「ギヤマン」を結成(2001年~2002年)、明治大正時代の文化や竹久夢二の描く夢二式美人に憧れがあったことから「黒船レディ」と名乗り始める。古き良き時代の洋楽を自作の日本語詞でも歌う。

    2003年ジプシースィングギタリストのキヨシ小林氏の1stアルバム「Django Swing」にボーカルで参加、「上海」「胸の振り子」などのカヴァーで注目される。
    同年、自身が主宰のバンド「黒船レディ と 銀星楽団」を、ピアニストの廣田ゆり氏、ギタリストの塩川俊彦氏と共に結成。
     
    軽やかでほのぼの、ちょっぴり切なくスウィンギーでハッピーな気分にさせる歌が得意。
    スウィングジャズやラテンのリズムをベースに、ユニークな世界観をもり込んだオリジナル曲から、古いジャズソングに自身が日本語で作詞したもの、日本やハワイの古き良き時代の流行歌のカバーなど、日本語で歌うことにもこだわっている。


    「黒船レディと銀星楽団」ではライブハウスの他にホテルやBAR、横浜港の船上、人形劇場から神保町の古本屋まで様々な場所で演奏。3枚のアルバムとライブDVDを発表、TV番組挿入曲や海外のCMにも起用される。
    2009年末で「黒船レディと銀星楽団」及びバンド活動休止。

    育児休暇を経て、2011年〜2017年までアコースティックユニット「girafe」にボーカルで参加、アルバム「春のスケッチ」を発表。

    2012年〜活動拠点を出身の富山県に移し、ゆっくりソロ活動も開始。県内外のミュージシャンと共にライブハウスやカフェ、古本屋、保育園などで演奏、おとなとこどもで楽しめる企画「HOWA-HOWA-HOUR」も誕生。
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