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2010-03-17

さよなら深夜特急

090306_2323~01

先日、ちょっと寂しいニュースを目にしました。
以前から知ってはいたのですが、とうとうその時がきましたね…
学生時代からいつも利用して慣れ親しんだ夜行急行列車の「能登」号が引退しました。
いつも全然人が乗ってないのに、実はこんなに人気者だったんですね…

記事・1
記事・2

写真は1年くらい前のものですが、見慣れたこの可愛い顔がもう逢えないのは本当に寂しい…
(娘も1度乗せてあげたかったな…)
みなさん県外へ長距離移動するのには新幹線か飛行機や高速バスでしょうが、私は好んで
週末や休日など混み合う時期を除いてはほとんど「能登」で東京と富山を行き来きていました。
引退と本数が減った原因ですが、平日の人の少ない夜行列車はお気に入りの時間と空間でした。
やはり宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を連想してしまうのですが、
1人いろんな事を考えるのにはもっとも贅沢な時間でした。
※ちなみに、「能登」は寝台列車ではありません。普通に椅子席です。



黒船レディと銀星楽団の曲でもおなじみの moon & mars(試聴できます♪)の歌詞は
この時間をヒントに生まれました。
これは、月と火星が大接近したのを題材にリリー婦人が作曲したのですが、
曲が出来た時、ピアノで弾いて聴かせてもらったリリー婦人の部屋は線路側にありました。
その時私が録音していたものに、たまたま曲の冒頭で電車の通り過ぎる音が入りました。
これを何度も何度も聞いているうちに、夜行列車から見た月と星の物語になりました。
アルバムの中でも曲の冒頭に列車の音が入っているのはそのせいです。



moon & mars 

夜を越えて会いに行く 遠くに住むあの人に
冷たい風が吹くビルの森 とおり抜けて チェシャ猫のような深夜特急

零時発の長い旅を見守るのは moon & mars
明日のことを知っているかのように笑う 胸の高鳴りをよそに

あぁ きっと明日になれば あの人と私が 夜空に輝く moon & mars
優しく光る月 傍に寄り添う星 
さぁ お手をどうぞ

深い碧につつまれて ガラス窓に頬よせ
大きくカーブ 列車の灯り弧を描いて 夜明けに向かって 続いてゆく

トンネル抜け 山を越えて ついて来るの? moon & mars
朝が2人に別れを告げるその時まで 寄り添っていたいからね

あぁ きっと明日になれば あの人と私も 夜空にきらめく moon & mars
別れを惜しむ月 涙をこぼす星 
ねぇ 手を離さないで

海が桃色に染まる頃 あの人の街がもうすぐ見えてくる

(作詞 水林 史 ・ 作曲 廣田 ゆり)



列車の旅はそれだけでも気分が盛り上がりますが、夜行列車となるともっとです。
いままで書いた中でも最も乙女チックなものの1つでしょうか。
なのに乗ってる列車は上野発の夜行列車って激シブですね(笑)
朝焼けの海も日本海だし…
リリー婦人の書く原曲は本当に外国の美しい風景がほとんどなのに。
でも富山に銀星楽団で演奏に行った時も1度だけ利用しましたっけ、
キレイな月夜で楽しかったな。


夜行列車はどの瞬間にあっても、おセンチな、または哀しげな、そして夢のような温かい気分です。
ホームに入った時、乗った直後や発車の瞬間、消灯後、夜明け…などなど。
自分が物語の中にいられる時間です。
私は黒船レディという名前なのですが、つい物語を考える時は列車の中が多いです(汗)
以前働いていた東京ステーションホテルのレストラン「ばら」の窓から見える景色の1つにも
ブルートレインがゆっくりホームに入って来ると、そろそろレストランは閉店(夜11時くらい)の時間…
というのがあって、毎日の決まって繰り返される景色にもお気に入りがあり、それについて物語を考えたりしたものです。


私は車酔いしやすいので夜行バスはめったに乗りませんし(笑)、
もうすぐ富山まで新幹線も走るし、飛行機も便利だし、これから夜行列車に乗る機会はほとんど無いでしょう。
同じ日に並んで引退した「北陸」(※これが寝台列車)にも数回乗りました。
50年以上走っていた能登ほどではありませんが、10年以上親しんだもの、
特別な時間が無くなってしまうのはやっぱり寂しいですね。
急行「能登」号 お疲れさまでした、そして大好きでした。素敵な時間を本当にありがとう~。


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もうない・・・

「能登」は、大宮の駅でよく見かけました。
僕が北に向かう普通列車を待っている「8番ホーム」に来るものですから。
無くなるとなると、寂しいですね。

僕の故郷の北海道では、列車ではなく線路や駅が無くなることも何度か経験しました。
祖父の葬儀のために帰郷したとき、乗るべき「岩内線」が無くなっていたこと。
子供の頃に使っていた「室蘭駅太字の文」が無くなったことなど。

話は変わりますが、僕が卒業した室蘭市立常盤小学校も、来年の4月には「もうない学校」になってしまうことが確定してしまったようです。今、全校生徒が70人くらい(ひと学年10人前後)で、あと5年くらいで近くの小学校と統合される予定だったのですが、老朽化した体育館の耐震強度に不安があるとかで、前倒しになってしまいました。
仕方のないことだとはいえ、寂しいですね。

そういえば、うちの放蕩愚息は、浪人の身にもかかわらず関西方面に遊びに行き、今朝、名古屋からの夜行バスに乗って帰ってきました。これからの若者の思い出は、だんだんと「バス」になっていくのでしょうかねぇ。

moon & mars

なるほどー
moon & marsはそんなシチュエーションだったんですね。
φ(.. )メモメモ
レディさんが長距離列車に乗って、物思いにふけって、窓の外を眺めている。。。う~ん、絵になる(^^)

伝兵衛さん
そうでしたか~
「もうない…」最近どんどん増えている気がします。
しょうがないのかも知れませんが、そこに在って当たり前だったものが姿を消すってかなりショック大きいですよね。
無くなって初めて知る大きさとか有り難さとかもあるので寂しいばかりでもないですが。
夜行バスにも色んな物語が生まれるんでしょうかね。

Inoさん
そうです…
私の書く歌詞は、わりと日常をヒントにしています。
私もリリー婦人みたいにオシャレな映画や情景や絵から思いつけるといいんですけど(笑)
プロフィール

水林 史

  • Author:水林 史
  • 富山県、上市町 出身。
    戦前から続く富山の薬売りと東京で銭湯を営んでいる一族のもとに生まれ育つ。
    大学時代より東京〜横浜などでスウィングジャズと日本語ジャズを中心にライブ活動を開始(1999年〜)。

    作詞作曲に目覚め、初主催ユニット「ギヤマン」を結成(2001年~2002年)、明治大正時代の文化や竹久夢二の描く夢二式美人に憧れがあったことから「黒船レディ」と名乗り始める。古き良き時代の洋楽を自作の日本語詞でも歌う。

    2003年ジプシースィングギタリストのキヨシ小林氏の1stアルバム「Django Swing」にボーカルで参加、「上海」「胸の振り子」などのカヴァーで注目される。
    同年、自身が主宰のバンド「黒船レディ と 銀星楽団」を、ピアニストの廣田ゆり氏、ギタリストの塩川俊彦氏と共に結成。
     
    軽やかでほのぼの、ちょっぴり切なくスウィンギーでハッピーな気分にさせる歌が得意。
    スウィングジャズやラテンのリズムをベースに、ユニークな世界観をもり込んだオリジナル曲から、古いジャズソングに自身が日本語で作詞したもの、日本やハワイの古き良き時代の流行歌のカバーなど、日本語で歌うことにもこだわっている。


    「黒船レディと銀星楽団」ではライブハウスの他にホテルやBAR、横浜港の船上、人形劇場から神保町の古本屋まで様々な場所で演奏。3枚のアルバムとライブDVDを発表、TV番組挿入曲や海外のCMにも起用される。
    2009年末で「黒船レディと銀星楽団」及びバンド活動休止。

    育児休暇を経て、2011年〜2017年までアコースティックユニット「girafe」にボーカルで参加、アルバム「春のスケッチ」を発表。

    2012年〜活動拠点を出身の富山県に移し、ゆっくりソロ活動も開始。県内外のミュージシャンと共にライブハウスやカフェ、古本屋、保育園などで演奏、おとなとこどもで楽しめる企画「HOWA-HOWA-HOUR」も誕生。
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